
家族信託は、認知症対策や将来の財産承継を考える際の選択肢の一つです。成年後見制度や遺言書とは役割が異なるため、仕組みや費用だけでなく、受託者の負担や税務・登記上の注意点も理解しておく必要があります。
この記事では、家族信託の仕組み、費用、メリット・デメリット、成年後見制度や遺言書との違い、信託できる財産や税金など、実務上のポイントを整理して解説します。

家族信託とは、特定の目的(認知症対策や資産承継など)のために、信頼できる家族に自分の財産の管理・処分権限を託す契約制度のことです。
従来の「委任契約」や「遺言」では対応しきれなかった、本人の判断能力低下後の柔軟な財産管理や、遺言では難しい複数段階の資産承継まで設計できる場合があります(※受益者連続信託には信託法91条の期間制限〔いわゆる30年ルール〕があります)。
主な登場人物は、以下の三者で構成されます。
自分の財産を信頼できる人に託す人(例:父親)。将来的な認知症リスクを考慮して契約を結びます。
財産を預かり、契約に基づいて誠実に管理・運用・処分する人(例:長男)。形式上の所有権は受託者に移転しますが、あくまで信託目的の範囲内で管理・処分権限を行使するものであり、自由に私用できるわけではありません。
信託された財産から得られる経済的利益(居住権、家賃収入、売却代金など)を受け取る人(例:父親本人)。
※委託者と受益者が同一となる「自益信託」から開始する設計が実務上多く見られます。なお、家族信託が最適な対策となるかどうかは、家族構成・資産内容・将来の承継方針など個別事情を踏まえた総合的な検討により判断されます。
家族信託を含めた相続対策全体の流れを把握したい方は「相続手続きの全項目一覧と期限」もあわせてご覧ください。

家族信託は、特に以下の3つの場面で活用されています。
認知症で判断能力が低下すると、預貯金の払戻しや各種手続が実務上きわめて困難になり、不動産の売却も進められなくなることがあります。事前に自宅などを子に「託して」おけば、本人の判断能力低下後も信託契約で定めた範囲内において受託者の判断で売却が可能となり、その代金を本人の施設入所費用や介護費用に充てることができます。
遺言書では「長男に相続させる」という一段階の指定のみですが、家族信託(受益者連続信託)を活用すれば、複数段階の承継指定が可能になります(ただし、信託法91条の期間制限〔いわゆる30年ルール。受益者連続信託は一定期間で終了する仕組み〕に注意が必要です)。これは、再婚家庭や代々の土地を守りたい場合に極めて有効な手法です。
中小企業の経営者にとって、自社株の議決権は経営の生命線です。自社株を後継者に信託し、受託者が株主として議決権を行使できるようにしておくことで、経営者に万が一のことがあっても、経営判断を止めることなくスムーズな運営継続が可能になります。
※株式の信託は、会社定款や金融機関の取扱い確認が必要となるため、事前設計が重要です。
家族信託の導入には、信託契約書の作成、公正証書、不動産の信託登記など、契約内容に応じた費用がかかります。以下は一般的な費用の目安です。
信託設計から契約書案作成までの報酬は、依頼する専門家や財産の内容、規模、契約設計の複雑さによって異なります。一般に数十万円程度となるケースがありますが、全国一律の料金ではないため、事前に見積りを確認することが重要です。
家族信託契約を公正証書で作成する場合は、公証役場へ手数料を支払います。
信託財産の価額が500万円超~1億円以下の場合、基本手数料は20,000円~49,000円です。さらに、信託契約の公正証書として13,000円が加算されるため、合計では33,000円~62,000円程度が一つの目安となります。
なお、証書の枚数などによって別途費用が加算されることがあります。
不動産を信託する場合は、登録免許税と司法書士への報酬が必要です。
土地の所有権の信託登記については、登録免許税率は固定資産税評価額の0.3%です。建物などについては取扱いが異なるため、実際の費用は不動産の内容や登記内容によって変わります。
信託口座の開設については、金融機関によって手数料や開設条件が異なります。開設手数料は、5万円前後から10万円程度となる金融機関があります。信託契約書の内容確認や公正証書での作成を求められることもあるため、契約前に利用予定の金融機関へ確認しておくことが重要です。
家族信託にかかる総額は、信託する財産の内容や不動産の有無、契約内容によって大きく変わります。そのため、契約前に必要となる費用を確認し、全体の見積りを取っておくと安心です。

家族信託は柔軟な制度ですが、契約設計の段階で見落としがあると、かえって将来のトラブルや手続き停止の原因となることがあります。現場での経験から、特に注意すべき典型的な失敗例を整理します。
受託者が先に亡くなった場合の対策がないと、信託財産の管理が停止してしまうおそれがあります。場合によっては裁判所手続きが必要となり、当初想定していた柔軟な運用ができなくなる可能性があります。あらかじめ契約書で予備的受託者を定めておくことが、実務上の基本といえます。
信託が終了した際、残った財産を誰が取得するのかが明確でない場合、親族間で解釈が分かれ、遺産分割の場面で紛争に発展することがあります。特に再婚家庭や複数世代の承継を想定する場合は、信託終了時の帰属権利者を契約段階で明確に定めておくことが重要です。
不動産の売却や大規模修繕、賃貸条件の変更など、実務上必要となる行為の権限が契約書に明記されていない場合、いざという時に意思決定ができず、信託の目的が達成できなくなることがあります。受託者がどこまでの行為を行えるのかを、契約書で具体的に定めておくことが不可欠です。
これらはいずれも、契約設計の段階で適切に検討しておくことで回避できる典型的なリスクです。家族信託は「作れば安心」というものではなく、将来の運用を見据えた設計が重要になります。

当事務所で遺産整理業務を行った際、相続人の一人が行方不明であったため、弁護士が不在者財産管理人として選任されている事案がありました。
遺産分割にあたり、過去の信託関連の給付など、受取人指定のある財産について、不在者財産管理人である弁護士から、特別受益として考慮すべきではないかとの意見が示されました。
もっとも、金融機関実務では、受取人指定のある財産については遺産分割の対象として協議書へ直接記載しない取扱いとされることが多く、本件でもそのような整理が求められました。
そのため本件では、相続人全員および不在者財産管理人による協議を経て、特別受益相当額を考慮した分配内容で合意が成立し、その合意内容に基づいて当事務所が遺産分割協議書を作成しました。
なお、行方不明者の持分については、不在者財産管理人が家庭裁判所の許可を得たうえで、遺産分割が成立しています。
このように実務では、形式上の遺産分割対象財産と、公平な分配のために考慮する要素を分けて整理することがあります。家族信託が関係する場合は、契約内容や過去の給付内容も確認しながら進めることが重要です。

家族信託・成年後見制度・遺言書は、いずれも将来の財産管理や承継に関係する制度ですが、役割や使うタイミングは大きく異なります。
それぞれの特徴を整理すると、次のようになります。
本人が元気なうちに契約を結び、生前の財産管理から死後の承継までを柔軟に設計できる制度です。不動産の売却や賃貸管理なども契約内容に応じて受託者が行うことができます。また、複数段階の承継指定が可能な点も特徴ですが、受益者連続信託については信託法91条による期間制限(いわゆる30年ルール)に注意が必要です。
判断能力が低下した後に家庭裁判所が後見人を選任し、本人の財産や生活を保護する制度です。原則として本人の財産を適切に管理・保護することが中心となり、本人の居住用不動産を売却する場合などは家庭裁判所の許可が必要です。また、後見人が家庭裁判所に報酬付与を申し立て、認められた場合には報酬が発生します。
死亡後の財産の分け方を指定する制度です。生前の財産管理には関与せず、承継指定も原則として一段階までとなります(受遺者が先に死亡した場合に備えた予備的遺言等により、一定の代替指定を行うことは可能です)。家族信託と併用して、信託財産以外の財産の承継を定めるケースも多く見られます。
どの制度が適しているかは、財産の内容や家族構成、そして本人の意思によって異なります。特に、判断能力が完全に低下した後は多くの場合「法定後見制度」の利用が必要となるため、家族信託の検討は本人が判断能力を有している段階で行うことが重要です。
※判断能力低下後の手続きについては「認知症の相続人がいる場合の遺産分割」の記事でも実務上の流れを解説しています。
家族信託では、財産的価値があり管理・処分が可能なものを信託財産とすることができます。
受託者の個人財産と分けて管理するため、信託専用の口座などを利用します。金融機関によって取扱いが大きく異なり、信託契約書の内容確認や公正証書での作成を求められることが多いのが実務上の実例です。※取扱いは金融機関ごとに異なります。事前確認が重要です。
自宅や賃貸物件を信託する場合、法務局で信託登記を行います。信託登記を行わない場合、第三者に対して信託の存在を主張できないおそれがあるため、確実な登記が求められます。
株式や投資信託も信託可能です。自社株の場合、受託者が株主としての議決権を行使できるようにしておくことで、将来の事業承継を円滑に進めることが可能になります。
家族信託を検討する際には、税務面の取扱いについても理解しておくことが重要です。信託の設計内容によって課税関係が変わるため、事前の確認が欠かせません。
信託から生じた不動産所得に損失(赤字)が生じた場合、その損失は税務上「生じなかったもの」とみなされ、他の不動産所得の黒字や給与所得など、他の所得と損益通算することはできません。
そのため、賃貸不動産を家族信託する場合は、信託前と税務上の取扱いが変わる点に注意が必要です。
委託者と受益者が異なる形で信託を設定した場合、受益者が信託財産に係る経済的利益を取得したものとして、贈与税の課税対象となることがあります。
実務上は、まず「自益信託(委託者=受益者)」として開始し、将来の承継設計を行うケースが多く見られます。
信託財産から不動産所得などが生じる場合、受託者には税務署へ信託計算書を提出する手続きが必要になることがあります。
信託の内容や収益の状況によって必要な税務手続きが異なるため、受託者の事務負担も含めて事前に確認しておくことが重要です。
※具体的な課税関係や税務手続きは、信託の内容や財産の種類によって異なるため、必要に応じて税理士等へ確認してください。

以下の項目に当てはまる方は、家族信託の検討をお勧めします。
□ 認知症による資産管理の停止を避けたい
□ 収益物件(賃貸アパート等)を所有しており、管理を子に託したい
□ 自分が亡くなった後、配偶者、その後は自身の家系の孫に財産を継がせたい
□ 障害のある子供の将来の生活費を、信頼できる親族に管理させたい
一方で、財産の額が少額な場合や、受託者となる親族との信頼関係が十分でない場合には、遺言や成年後見制度など他の方法が適していることもあります。個別事情に応じた検討が重要です。
A. 家族信託の費用は、財産の内容や規模、不動産の有無、契約設計によって大きく異なります。詳しくは「家族信託の費用相場」の項目をご確認ください。
A. 売却代金は信託財産として受託者が管理しますが、その価値を享受するのは「受益者(本人等)」です。契約内容に基づき、生活費や介護費用などに充てられることになります。
A. 予備的受託者(後任受託者)をあらかじめ定めておくのが一般的です。定めがない場合は、信託の継続に支障が生じることがあります。
A. 現金、不動産等が対象です。年金受給権など他人に譲渡できない権利は信託できません。具体的に信託可能かどうかは、財産の性質ごとに個別の検討が必要となります。
A. いいえ。信託財産に含まれない資産や、将来取得する財産については、遺言書で承継先を定めておく方法があります。実務上は、家族信託と遺言書を併用するケースも多く見られます。

家族信託は、将来の認知症対策や資産承継の設計において、有効な選択肢となり得る制度です。もっとも、すべての家庭にとって最適とは限らず、家族構成や財産の内容、そして何よりご本人の意思によって適切な方法は異なります。
制度のメリットだけでなく、受託者の負担や親族間の合意形成、税務上の影響なども踏まえたうえで、総合的に判断することが重要です。まずは現状を整理し、どの制度が適しているのかを冷静に検討するところから始めていくことが望まれます。
当事務所では、家族信託を含む生前対策や相続手続きについて、制度の特徴や注意点を踏まえてご案内しています。

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・東京都葛飾区金町出身。平成21年の開業以来、15年以上にわたり地域に密着して遺言・相続・墓じまいのサポートを行う。行政書士のほか、一級土木施工管理技士の資格を有し、建設コンサルタントとしての実務経験もある。
『週刊新潮』『女性自身』『産経新聞』など、お墓の専門家として取材協力多数。 著書に『行政書士が教える墓じまい・改葬の進め方』(税務経理協会)がある。
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